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“頼る”から“利用する”へ

—スウェーデン歯周病専門医が考えるインプラント治療—



大野 純一 先生

大野歯科医院 (群馬県前橋市)
スウェーデン認定歯周病専門医


"流行って"いる、インプラント

インプラント(人工歯根)が“流行って”いる。

街中の歯科医院の看板にも、ネットでもインプラントの名前が溢れ、その情報が氾濫している。インプラント治療を売り物にする病院も多い。

都会でも、そして最近は地方でも「センター」として、インプラント治療に特化している病院もある。

現代インプラント発祥の地、スウェーデンでもインプラントは一般的な治療だ。

私の滞在したイエテボリ市にも公立のインプラント専門クリニックがあり、開業医や他の専門医からの紹介を受け付けている。

現代世界中で使用されているタイプのインプラントは1960年代に、スウェーデンのイエテボリ大学・解剖学教授(当時)のブローネマルク博士が、動物実験中に偶然見つけた「チタンが骨とくっ付いてしまう」という現象の発見がきっかけに発展した。

この現象は「オッセオ・インテグレーション」と呼ばれ、現在世界中で使われている人工歯根は、この原理をもとに様々な改良を加えられ現在に至っている。




インプラントに対する違和感

インプラント治療はおそらく20世紀の歯科医学の発展の歴史の中でも、虫歯予防のフッ化物(フッ素)と並んで、もっとも特筆すべき「イノベーション」であると言われている。私もそう思う。

事実、歯科医師はこれまで乳歯、永久歯、に続く「第三の歯」と捉え、これまで多くの患者さんを救ってきた。





私は97年の留学当初、せっかくインプラントの本場に留学したのにインプラントにまったく興味がなかった。

イエテボリ大学はインプラントと並んで「歯周病治療」の本場であったせいかもしれない。

そもそも歯周病専門医のオシゴトは、インプラントを避けるべく天然の歯を守ることであると思ってもいた。

ところが留学して3年目の頃に、教授から同じ大学内にある先の「公立のインプラント専門クリニック(ブローネマルク・クリニック)」へ半年間の研修を命じられた。

週に何日か、インプラント治療の基本を学ぶためである。

天然歯保存のエキスパート養成のカリキュラムで、なぜ歯が抜けた後のことを学ぶのだろう?と思ったものだ。

私は学んでいるうちにその答えが分かった。
ただし、これはとても専門的な話なので、機会を改めたいのだが(簡単にここで言うと)、スウェーデンでは治療が成功し、残ってくれた天然歯の負担やリスクを減らすために、インプラントを利用するという思想があるのだ。

およそ4年の留学生活を終え日本に帰国すると、周りの歯科医師(一部ですけど)のインプラント治療への取り組みに、とてつもない違和感を持つことが多かった。

あるシンポジウムに招かれた時のことだ。
出番を待つ間、同じセッションに登壇した有名なインプラント医の発表を聞いて、私は仰け反ったのを覚えている。

彼はこう言い放った。

「歯が抜けた後、“インプラントが一番”と、皆さんが信念をもって患者さんに説明すれば、患者はきっと受け入れてくれるはずです」

と。

真意は不明なので、ここでそれ以上書くことはフェアでないと思う。
これ以上は書かないが、私にはまず「インプラントありき」のような印象を受けた。

同時に、純粋なインプラント主義者でない私がそのシンポジウムの招かれた理由に合点がいった。主催者のインプラント企業の担当の人の話によると、

「あまりに安易にインプラントを選択するケースが多くなり、現場のセールスマンが心配し始めている。
インプラントの前に天然歯保存の基本が大切であることを強調して、なるべく地味な症例写真を見せてください。」


と言われていたのだ。
「あはーん、これだな」と思った。


インプラントに対する2つのスタイル

インプラント治療に対して、歯科医師は2つのスタイルに分かれると思う。

一つはインプラントがベストなものと考え、インプラントに「頼る」スタイル。

もう一つは様々な方法や状況があると考え、場合によっては「利用する」というスタイル。

前者はインプラントとは「第一選択」の治療であると考え、後者はあくまで「選択肢」の一つにすぎないという考えだ。

私はスウェーデンの教育に多大な影響を受けているので、後者の立場だ。

その理由を挙げてみたい。


インプラントの長期の予後

「インプラントの長期の予後が、天然歯保存の治療よりも優れているというデータはない」

私はこれまでも一部の患者さんにインプラントの治療を行い、義歯を回避してきた。
インプラントはとてもいい治療であると思っている。

ただし、世界中の論文を読んでみると、重症な歯周病に罹患した歯を保存した予後の研究と比べて、インプラント治療が格段に優れているとは思えない。

研究というのは平均値を出すことでもあるので、本当の判断はケースバイケースだ。

インプラントがベターの場合もあるし、他の方法がベターの場合もある。
少なくとも、“第一選択”とはなりえないと思う。


インプラント周囲の防御機能

「インプラント周囲の防御機能は天然歯のそれよりも劣ると思われる」

これは動物実験では明らかな事実だ。

一般に人間よりも抵抗力のある動物で明らかなので、人間は同等か、もっと深刻なはずだ。

そして歯科医師も患者さんも、そもそもなぜ天然の歯がだめになってしまったか?を考えるべきだろう。

抜歯の原因の多くは、「歯周病や虫歯」が原因だ。
どちらも細菌性の病気でもある。


細菌に支配されている口の中にインプラントを埋め込むことは、私には勇気がいる。
それは冷静に考えてみるとすぐに判る。

インプラント治療を受けると、
口の中の細菌が減るだろうか?
問題は全て解決するだろうか?


天然歯を守れなかった口の中でも、インプラントは長期間、機能するだろうか?

インプラントとは歯を失った原因を除去する治療ではなく、その後の機能の回復のための治療であるのだ。


【細菌感染を起こしたインプラント】


骨に埋める部分が汚染している様子がわかる



インプラント周囲に炎症が起こり、インプラント周囲の骨が溶かされている】


哲学の違い

ただ、自分が患者であったら、自分の主治医にはまず天然歯の保存に全力を傾けて欲しいと思う。
なので、まず天然歯保存の可能性を考える。

個人的な経験だが、周りの歯科医師で自分の口の中にインプラント治療を行っている人は、本当に少ない。

前々から興味があるのだが、歯科医師の中の一体どれくらいの人が自分の口の中にインプラントを埋め込んでいるだろうか?
だれか研究しないかと思っている。

繰り返すが、インプラントは治療の選択肢の一つとしてはとても価値はあるが、第一選択とは思えない。


最後に

皆さんの最大の武器は専門知識ではなく、“常識”だと思う。
ぜひ皆さんは“常識”でインプラント治療を考えてもらいたい。

歴史を学ぶと解るのだが、極端な方向へ走る大きな流れは、必ず多かれ少なかれその反動を生む。ゆり戻しが必ず起こるのである。

そしてそのゆり戻しも、また再度逆方向へ戻る傾向にある。
歴史はこの繰り返しだ。
物事の価値は、そういった幾度かのゆり戻しが起こり、それを経験するたびに、定まっていく。

インプラント治療もそういったゆり戻しをこれからも経験していくであろう。
それを乗り越えてこそ、インプラントが本当に歯科医師に理解され、人類を幸福にする一つの手段として認知されると確信する。

それまでは皆さんの常識を武器に、担当医と上手にコミュニケーションをとり、ご自身の判断が納得できるようになっていただきたい。

大野 純一 大野歯科医院 (群馬県前橋市)
2009年10月23日


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